どうして、良い思い出ばかり浮かぶんだろう。

20歳で大好きな母と義父と祖母を亡くした、その後の世界。思い出をなぞるように、好きなように書いてます。

20歳の時に母、義理の父、祖母を立て続けに亡くしました。
ブログのモットーは気持ちは隠さず素直に。

自分は20代後半です。若くして死別体験した人たちと語りたいです。(周りにいないので)

言い訳の理由


気付いてしまったのかもしれない


わたしは言い訳ばかりしていた。



今の自分の生活が上手くいっていないことを


お母さん達が亡くなったせいだと


帰る家がないからだと


思ってること。



本当に認めたくない・・・・・・・・



でも、そうなんだ


人生を蔑ろにする言い訳を


いつもしていた。


切り札みたいに


いつもぎゅっと握りしめて


これはわたしにしか分からない痛みだし って


勝手に諦めて


周りに期待しないで


高く積み上げた壁を作って


誰とも分かり合えないって思ってた。




本当はきえてしまいたいよ


でも、生きている限りは


生きることから逃れられない


生きることを選んでいるからかな・・



だから生きることに向き合わなきゃって


思いました


生きている限りは。




ちょっとずつ できるかな


”生きること”


きっと普通の人は数十年、当たり前にしていたこと


自分はまだ 生まれたて


赤ちゃんみたいな 生き方

お母さんに会わせたい人

わたしの友達で
お母さんに会わせたい子がいる。


2人とも波長が合うんだろうなって思う。


海が好きで、音楽やダンスが好き。
わたしがその子と話していると
わたしの中のお母さんが「わたしも話したい!」って言ってる気がした。


お母さんのお気に入りになりそうなのが、
目に見えてわかる。笑


こういう時すごく悔しくて悲しい。
生きていれば色んな可能性があったはずなのに。


でも、お母さんが亡くなっていたから
わたしはその子に会えたのかもしれない。

おにぎり

節約のために、家でおにぎりを作っていて思い出した。


おばあちゃんはおにぎりを作ったらコタツで温めていたなぁと。。笑


電子レンジじゃない、出来立てでもない、

コタツでホカホカと温めたおにぎり…

美味しかったなぁ。


アルミホイルに包んだおにぎり。


また食べたいな。


とりあえず自分で握ってみる。

がんばってきた証

周りと自分を比べると

つい悲しくなって

苦しくなる


2年前の自分と比べたら

どうだろう

2年前はちょうど入院していて

どん底で

あの頃に比べたらずっと

ずっと今は成長した


つい目先や些細なことで

イライラして落ち込むことも多いけど

(でもそれって、

平和に生活できてる証拠かな)


2年前を思い出して、

それを乗り越えた自分を思い出すと

勇気が湧いてくるよ

生きることに向いてない感じ

数日前、友達とすこし口論になりました。


原因はわたしの人に対しての態度。


友達の大切な人を大切にすることが、


わたしはできていなくて


友達は怒っていました。


わたしはなぜ、友達がそこまで怒ってるのか、よく分かっていない。


別の友達にも言われたばかりです、


友達と疎遠になるってことは


あなたの態度に何かあるんじゃないの?と。



それで色々と考えたのですが


わたしは昔からなにか人として必要なものが欠落している気がします。


親を大事にする、友達を大事にする、恋人を大事にする…


色んな分野で。


外面はいいけど、中身はない。


口だけだったり。




ああ、思い出した。


母が持病を持ちながら、祖母を1人で介護をしているのを見ていたのに


何も手伝わなかった。


自分のことだけ。


全部。


結局、家の面倒ごとは背負わされたけど。



すごく前に姉から

あんたは家族に対して冷たい、と言われたことを思い出しました。


あはは、本当にそうだ。


思いやりとか、なんか基本的なものが足りてない。



それなのに思いやりを持って過ごしていた気分になってた。



バカみたいだ。




やっぱりわたしは生きててもしょうがないね。


こんな遺伝子を残したりしてはいけない。


ここで根絶やしにしておかないと




別に今から自さつする訳ではありません。


ただ、自分が生きててもしょうもないなって理由が1つ増えたので

書いておきます。